若い頃のおじさんはね、ルールというものが嫌いでした。
正確に言うと、煩わしいものと思っていたんです。
おじさんの自由を阻害するというかね、ホント邪魔なものなんてふうにね、思っていたんです。
で、今はというとね、ルールっていうのはおじさんを守ってくれるものって思っているんです。
ルールを守っている限りはルールがおじさんを守ってくれるんです。
逆にね、ルールを守らないならばおじさんは自分の身は自分の身一つで守る必要があるということなんです。
これはね、想像以上に大変なことでね、というか個人の力なんてたかが知れていますから、現実には自分の身を自分一人で守るっていうのは不可能なんです。
例えば交通事故なんかでみてもね、交通ルールを守らなかった方が悪いってね、当たり前ですけどそうなりますよね。
いくらおじさんが頑張ったってね、おじさんが交通ルールを守っていなかったなら、誰もおじさんの味方にはなってくれませんよね。
正しく、ルールを守らなかったのが悪いんですから。
会社でもそうです。
会社のルール、特に介護の仕事では高齢者が相手ですから事故や怪我のリスクもあるわけでして。
そんな時、ルールを守っていたならば、ルールを作った会社がね、おじさんの壁にもなってくれますが、おじさんがルールを守らなかったならばね、そりゃね、会社も壁になりようがないですよね。
むしろ、なんでルールを守らなかったんですかって、おじさん言われちゃいます。
ですからね、おじさん、できる限りルールは守ったほうが良いと思っていますし、守れないルールや理不尽なルールならルールを守らないんじゃなくて、できるならルールを変えることが出来たらいいなとも思っています。
振り返って、先日の衆議院選挙ですが、与党はルールを守らなかったわけではないんでしょうけど、ルールの隙をつこうとした行動が国民から反感を買いまして、結果国民からの信頼と議席を失うことになりましたねえ。
このルールの隙をつくような行為っていうのもね、実際には大変リスクのある行為なんですよね。
ルールを守っていると自信を持って言えるならね、堂々としていれば良いんですよ。
でもね、ルールの隙をつくような行為は大体ね、後ろめたいことが多いんですよ。
そうするとね、堂々とは出来ない、できれば知られない方が良いってなるんです。
ただねえ、大体ねえ、そういうのってバレるんですよ。
バレるとね、確実に信用を失うんですよ。
そして失った信用っていうのはね、取り戻すことがほぼ不可能なんですよ。
ですからねえ、ルールの隙をついたり、ルールにグレーゾーンみたいなものを作ってね、それで上手いことやろうっていう人はね、よくよく注意したほうが良いとおじさんは思いますよ。
バレても構わない、大した問題にならないっていうんなら良いんですけど。
でもね、大体の場合がバレたら大きな問題になることが多くて。
ですからね、ルールを守ることがね、正直面倒なときや煩わしいと思う時がね、今も全く無いとは言いませんけど。
それでもね、バレた時のダメージっていうのをね、しっかりと冷静に判断して、さらに普通であれば隠し通せるなんてことは不可能という前提に立ってね、自分の行動っていうのをね、選ぶ必要があるってね、そんなふうにおじさんは思うんですよ。
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